
七十二候:蟄虫坏戸/季語:神無月・神の留守・神送り
十月の和名は神無月。全国の神々が出雲大社に集まるため、各地の神が留守になる月——という説がよく知られています。出雲では逆に神在月(かみありづき)と呼びます。
ただし、この説は中世以降に広まったもので、古い由来ではありません。有力なのは「神の月」——「無」は「の」にあたる助詞だという説。六月の水無月(みなづき)が「水の月」であるのと同じ理屈です。
では出雲の話はどこから来たか。おそらく、出雲大社の信仰を各地に説いて回った人々が広めたものでしょう。
けれど私は、この俗説のほうが好きです。一年に一か月だけ、神々が席を外している。 そういう月があると思って過ごす十月は、少しだけ心もとなく、そのぶん自分の足で立つ月になります。
今日の一語 神在月(かみありづき)…… 出雲だけの十月の呼び名。同じ月を、留守と呼ぶ土地と、在(いま)すと呼ぶ土地があります。

