
七十二候:水始涸/季語:残菊・菊名残・十日の菊
九月九日の重陽から、およそひと月。まだ咲き残っている菊を惜しんで宴をひらく——これを残菊の宴といいます。
盛りを祝う宴のあとに、盛りを過ぎたものを惜しむ宴を、わざわざもう一度ひらく。この念の入れように、平安という時代の性格がよく出ています。
似た言葉に「十日の菊」があります。重陽の翌日、十日に咲いた菊のこと。転じて、間に合わなかったもの、時機を逃したものの喩えです。「六日の菖蒲(あやめ)、十日の菊」と対で使われます。
同じ「盛りを過ぎた菊」を、片方では愛でる言葉にし、片方では役に立たないものの喩えにした。
どちらも本当なのだと思います。遅れたものは役に立たない。それでも、惜しむ席は設ける。
今日の一語 十日の菊…… 時機に遅れたもの。「六日の菖蒲」と対になる言い回しです。

